「無くて七癖」いうことわざがあります。
人には誰でも癖があり、癖がないようでも七つぐらいはあるものだ、という意味です。
本来は、「無くて七癖有って四十八癖」だそうで、無いように見えても七つ、癖が多ければ四十八もあるものだ、ということだそうです。
ことわざにも言われるぐらいですから、どんな人にも癖はあるものなのです。
私は説明の際、メジャーリーガーで昨年にはサイ・ヤング賞の候補にも上がったダルビッシュ有選手を引き合いに出させてもらっていますが、トップアスリートの彼ですら、癖を消して多種多様な変化球を同じフォームで投げなければならないダルビッシュですら、癖を読まれて打ち込まれる事があるのです。
それにひきかえ、私たち一般人は、癖など意識せずに生活できるのですから、癖に気付くことすら難しいのです。
まして、口の中で起こる食いしばりや舌や頬を吸い付けるような吸啜癖(きゅうてつへき)は、周囲の人々にも気付かれにくいため、そんな癖があることなど、東野本人も含めて誰も知らないのが当たり前です。
前項で述べた家康の爪を噛む癖や、漫画「柔道部物語」の主人公・三五十五(さんごじゅうご)の「ひょっとこの口」なども含めた、口にまつわる癖は、おそらく、ほぼ100%の人にあるのではないかと思います。
(ちょっとマニアックなたとえになりましたが…興味がある方は検索してみてください。マニアックついでに言いますが、「柔道部物語」は先日お亡くなりになった柔道家・古賀稔彦氏にまつわるエピソードがいくつか出て来ます。)かくいう私も、読書中に下唇を歯でしごく癖を持っています。
舌の痛みを訴えて受診される方のおよそ半数には、舌や頬に歯形がついていたり、歯並びや顎関節に変形があったり、下顎隆起や口蓋隆起と呼ばれる骨の膨らみがあったりします。
このような状態は、日常の癖、もしくは睡眠中の癖により生じるものがほとんどだと言われています。
しかし、食いしばりなどの癖があるかと尋ねてみると、ほとんどの方が「知らない」、「やってない」、と答えられます。
先ほども述べたように、癖を意識せずに生活できる私たちは、癖に気付くこと自体が難しいのです。
癖に気づきにくい理由は、それだけではありません。
前項でも述べましたが、癖はストレスのはけ口でもあります。
ストレスのはけ口を作るのは、いわば自分の心を守るためでもあります。自分の心身を守るための防壁が、誰にでもわかるようなものであっては、守ろうにも守れなくなってしまうのです。
したがって、ストレスのはけ口は、無意識のうちに、当の本人にすら隠して、出来上がってしまうものなのです。
しかし、心身を守るための癖が、逆に、痛みなどの症状を起こしてしまうものを「悪」習癖と呼びます。
悪習癖の何が「悪」かと言って、単純に「やめさせれば良い」というものではない事です。
ここまで読んでいただいた方にはご理解いただけると思いますが、癖を直すのが難しいだけで無く、癖がストレスのはけ口である場合、癖をなくせばストレスのはけ口もなくなる、という事になるからです。
最初の項で述べた、「絡んだ毛玉を解きほぐす」難しさは、ここが頂点であると言って良いかと思います。
ですから、口腔悪習癖がある患者様には、特に時間がかかることを繰り返し説明するようにしています。「病は治るが癖は治らぬ」などということわざにも言われるぐらい、癖を治すのは難しいのですから。
口腔外科専門医
稲田 良樹
舌の痛みやしびれなど、
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※2023年11月1日新規開院