「どこも悪くないって言われたんです。でも、痛いんです。毎日ずっと、舌が焼けるようにヒリヒリして」
そう語る患者さんは、深く戸惑ったまなざしでこちらを見つめてきます。
その目には、痛み以上のもの——「理解してもらえないこと」への不安や孤独がにじんでいます。
舌痛症は、目に見えない痛みです。
口の中に傷も腫れもないのに、舌の先や側面がジリジリと焼けるように痛む。
検査をしても異常は見つからず、歯や粘膜に原因があるわけでもない。
そんな時しばしば、患者さんには「気のせいでは?」という視線が突き刺さることがあります。
しかし、本当にそうでしょうか。
その痛みは、確かに「ある」のです。ただ、目には見えないだけ。
神経や脳の痛み処理に関わる仕組みが乱れることで、実際に強い違和感や痛みが生じている。
それが——「舌痛症」という疾病です。
ただ、いくらメカニズムを解説しても、この病気に悩む人にとって最も切実なのは、「自分の痛みが理解されないこと」です。
見た目には異常がない。検査でも問題ない。
だからこそ、舌痛症の患者さんはしばしば誤解されます。
「どこも悪くないのに、痛いって言ってるの?」
「気にしすぎじゃない?」
「ストレスのせいだよ」
——そんな言葉に傷ついた経験のある患者さんは少なくありません。
私たちは風邪をひけば、「喉が痛い」「頭が重い」と口にします。
それを誰も「気のせい」とは言いません。
熱がなくても、「辛そうだね」と声をかけるでしょう。
ところが、舌痛症のように目に見える異常がないと、つい「本当に痛いの?」という疑念が生まれてしまいます。
人は、目に見えるものを信じ、見えないものを疑ってしまいやすいのです。
しかし、舌痛症は「実際に存在する痛み」です。
たとえ見た目に現れなくても、神経や脳の働きのなかで、確かに「痛い」と感じている。
それを疑われること、信じてもらえないことこそが、患者さんにとっての「もう一つの痛み」になっているのです。
舌痛症の治療には、薬物療法(抗うつ薬や抗不安薬など)や心理的なサポート、生活習慣の見直しなど、多面的なアプローチが必要です。
しかし、どの治療にも先立って、必要なことがあります。
それが、「話を聴くこと」です。
患者さんが語る痛みを否定せず、受け止めること。
「それは辛いですね」「わかります」と、たった一言でも共感の言葉を返すこと。
それだけで、患者さんの心は少し軽くなるのです。
痛みの背景にある不安や孤独、過去の経験、生活のストレス——。
そうしたものに気づくためにも、「聴く力」はとても大切です。
医療従事者であっても、家族であっても、専門知識がなくても構いません。
大切なのは、「あなたの痛みを、私は信じています」という姿勢です。
私たち医療従事者は、つい「診る」ことに集中してしまいます。
症状を見て、原因を探り、治療法を選ぶ。
それはもちろん、重要な役割であり、しなければならないことです。
しかし、舌痛症のように、診ても異常が見えない病気では、「聴く」ことがむしろ診療の中心になります。
「いつから痛みがあるのか」「どんな時に強くなるのか」「どんなことが不安なのか」。
その声のなかに、症状の手がかりがあるかもしれません。
そしてなにより、「わかってくれる人がいる」と思えることが、患者さんにとって最初の救いとなります。
舌痛症の治療においては、「患者さんの痛みを理解する」という「聴く力」が、患者さんの主訴を受け止め、解決に導く大きなカギになるのです。
痛みを「共に感じる」ということ
「あなたの話を聴かせてください」
その一言が、舌痛症という孤独な病に向き合う患者さんにとって、どれだけの希望になるでしょうか。
治療の一歩は、特別な薬でも、高度な検査でもありません。
まずは「共感」という名の光を差し込むこと。
それこそが、見えない痛みに向き合うための最初の処方箋です。
誰かの「聴く姿勢」が、確かに痛みを和らげていく——。
その事実を、忘れないようにしたいと思います。
舌の痛みやしびれなど、
お気軽にご相談ください。
※2023年11月1日新規開院